公衆電話のオトコ
公衆電話の中で、大学生らしき男が、スーツケースに腰を掛けて、煙草を吸いながらドコかへ電話していた。
夕暮れの、西日が眩しい、四ツ谷駅でのことだ。
スーツ姿のサラリーマンたちが、巣穴に戻るゴキブリのように、なんだか、少し苛ついたように歩いている。
そんな中、大学生らしき男は、ぼーっと煙草の灯を見ながら受話器を耳に当てている。
彼の周りだけは時間が流れていないように思われた。
ぼーっと見ていた私に、サラリーマンがぶつかった。
「真ん中に突っ立ってるんじゃねえよ」
男は小さい声で呟いた。
私は歩き出すが、公衆電話の男はまだそこにいた。
時計がなければいいのに、とふと思う。
時計がなければ、もっと幸せになれるかもしれない――、そんなことを思った。
私は四ツ谷駅の看板の下で、もう1度振り向いた。
やっぱり男はそこにいた。
彼の電話はどこに繋がっているのだろうか。
電車に揺られながら考え続けた。