蜜柑と梅と、世界が悪い
蜜柑の木が、これでもかというほど元気に咲いている。その横で、枝垂れ梅が、健気にも儚く、見事な枝ぶりを見せている。
「おい、蜜柑。キミも隣の梅のように、美しくあれ」
蜜柑は答えない。
「聞こえてるんだろう。キミは明るい面をしているくせに、ヒトの話を無視するのか」
風が吹いて蜜柑の木が揺れる。
さわさわさわさわ、それは内緒話をしているように思われた。
「お前、いま悪口を云っただろう。私はお前みたいのが大嫌いなんだよ。周りには良い顔しているくせに、そうやってオレみたいな男のことを、こそこそと裏で笑いやがって。挙げ句の果に、目の前で、嘲笑うのか。それならこちらも容赦しないぞ」
私は道に転がっている石を手にした。
ちらりと梅の方に目をやる。
梅はやっぱり健気で儚く、美しい。
それに比べてどうだ。あの蜜柑のこれでもかというほど主張した笑顔。つまらない。世の中ではあれが人気者になる。憂いも何もない、表面だけの笑顔が。
張り付いたその笑顔に、私は石を投げつけようとした。
「――おい」
不意に蜜柑が云って、私はぎょっとした。
しかし蜜柑が喋るはずがない。蜜柑は彼らみたいに、私に向かって口撃してくるはずがないのだ。
ひとすじの汗がつーっと背中を滑り落ちる。
「なんてことない」
わざと口にだしてそう云うと、深呼吸をしてあたりを見渡した。
「おい、人の庭で何してる」
再び聞こえたその声は、梅と蜜柑を持つ、小さな庭の主人だった。
「いえ、すみません。あまりにも見事な枝ぶりの梅でしたので」
「その石はなんだ?」
私はハッとして石を捨てた。
「その美しい蜜柑と似た、美しく丸い石を見つけたもので。――では、それでは失礼」
踵返してあるき出した。
あいつらはいつもそうだ。
都合が悪くなると誰がを呼んで、まるで私を悪者のように扱うのだ。