銃口を屋上で
広大な、果てのない青空の下。
屋上で僕は生まれて初めて告白された。
高校3年生の夏のことだ。
太陽の光を屋上が吸収して、足の底が燃えるように熱い。
「用って何?」
僕は言ったけれど、本当はわかっていた。
机の中に手紙があって屋上に来てくださいなんて、告白以外の何ものでもない。
目の前の女の子は1個下の高校2年生だった。
彼女はもじもじと恥ずかしそうに、上目遣いで、僕を見た。
――暑い。
僕は正直、彼女に興味もなかったので、ただひたすら暑いと思った。
もちろん生まれて初めて告白されるので、緊張はするのだけれど、どうせなら体育館裏とか、太陽の日が当たらないところにしてくれれば良かったのにと考えていた。
どうして女の子は汗をかかないのだろう。
僕の背中は汗で濡れていて、ワイシャツが貼りついて気持ち悪い。
彼女が小さく息を吸った。
僕はっとして彼女の瞳を覗き込む。
その瞳が、なんだか妙に愛おしく感じられた。
僕は先ほどとはうって変わり、彼女の告白を受け入れようとしている。
彼女を愛するなんて、今はまだ言えないけれど、この先、いくらでもそうなれる可能性はあった。
雰囲気に流されたんだろ、って言われるかもしれない。そして、言われたらたしかに否定はできなかった。
「私、銃を拾ったの」
彼女告白は、あまりにも突飛で、この青空と、屋上には不釣り合いだった。
――汗は相変わらず止まらなかった。
彼女は懸命に、銃を拾ったときの話をしている。身振り手振りで話す姿はまるで、か弱い小動物だった。――拳銃を所持した小動物。
「それでどうするの? 警察に届け出るなら一緒に行こうか?」
僕が言うと彼女は首を振った。
「それはできないの」
「どうして?」
「試し撃ちしちゃったの」
彼女の目は爛々と輝いている。
「試し撃ち?」
「そう、近所にね、いつもゴミ出し場を荒らす烏がいてね、その子を撃ったの」
僕は黙って空を見上げた。
この空の下には何億という人がいて、それでも僕らと同じような会話をしている人は存在しないだろう。
「どうするの?」
僕は馬鹿みたいに質問することしかできなかった。
「どうもしないよ」
僕はわけがわからなくなって、とりあえず何かを話していないと気が狂いそうだった。
しかし彼女は僕に喋らせる暇を与えない。
「私は、先輩が好き」
ひどくつまらない芝居を見ているような展開だったが、僕は舞い上がった。
「殺しちゃいたいくらい好き。
ずっと先輩が好きで、でも踏ん切りがつかなくって、だってさ、本当に好きで、それを告白して先輩に断られたら、きっと私は気が狂っちゃうから。だからなんとか先輩に好きになってもらおうと、インターネットでたくさん調べて、惚れ薬なんて、10万もしたの。それをこっそり先輩のアクエリアスに入れたんだけれど、効果があるかないかわからなくって。でもね、でも今なら言えるの。だって断れば、殺しちゃえばいいんだもの。おかしいって思うかもしれないけれど、それくらい好きなの。先輩が誰かのものになるのは嫌。それであれば私は先輩を撃ち殺すよ。
理不尽?
全く理不尽じゃないよ。だって私は、先輩が受け入れてくれてもここで撃ち殺すよ。なんでって、当然じゃない。いずれどこかで嫌われるもの。せっかく付き合えるのに、付き合えるのに虚しいじゃない。
だからね、本音で答えてほしいの。
どっちみち殺されるんだからね、私と付き合うか付き合わないか、本音を言って」
彼女はそう言って銃口を僕に向けた。
やっぱりそれは、青空と屋上という風景になじまない。
銃口の黒い丸、永遠を奪い取るほど、深い黒を僕はじっと見つめた。
瞬きをせずにそれを見つめて、空を見上げたとき、青空にポッカリと黒い丸が浮かび上がった。
やっと、この世界と状況がリンクした。そう思うと笑い出したいくらい愉快に思えた。