没東京 夢日記

没東京 夢日記

「キミの文章は真実がない」 とコトあるごとに云われる。 そのたびに「つまらん」そう思う。 だからココに嘘と真を混ぜ合わせた文章を書いて、新しい真実を作ることにした。

屋上から警笛まで

屋上にいると、ちょっと柵を越えてみたくなる。あー、この柵を越えた瞬間、僕は自由になれる。――なんて妄想してみる。でも知っているよ。この柵を越えて僕は自由になれない。だって僕を縛っているのは僕で、僕は僕から決して離れられない。

 

僕はたまに何がしたいか分からなくなるときがある。そういう時は数を数える。朝起きてから寝るまでの呼吸数や、まばたきの数、トイレに行った回数や、くしゃみをした回数。それを寝る前にノートに記して、その数を声に出して読み上げる。そうすることで安心する。少なくともこれだけの数、僕は何かをしていたんだって。

 

それは思春期と言います、と先生が言った。アイデンティティを確立させようと不安定になる時期は誰にもありますので、心配しないでください。と先生は言った。町外れの精神科は、どこか籠もった匂いがした。僕は先生の話を聞きながら無性にムカついた。こんなにも悩まされているのに、それを一括にしてほしくなかった。

 

非凡でありたかった。他の人とは少し違って見られたかった。だから僕はムカついた。先生の顔を殴って、精神科から脱出することを妄想した。しかし僕はそもそも精神科に囚われているわけでもない。そもそも自分から足を運んだし、先生を殴るなんて、当然できなかった。つまり僕は平凡だった。どこにでもいる男の子だった。思春期の悩めるオトコノコ。それが僕につけられるラベルだった。100円ショップにでも売ってそうな、ちゃっちい、大量生産されたラベルだった。

 

ポケットに入れた「ライ麦畑でつかまえて」はかっこつけだった。正直この小説を面白いと思ったことがないし、主人公には共感ができなかった。それをポケットに忍ばせてるだけで、少し他の人とは違うと思われるような気がした。

 

電車がホームに入ってくるのが見えた。どうどうと重厚な音を立てて、電車は近づいてくる。今ならば、今ならあっちのホームに走り抜けれるんじゃないかと、意味もなく思った。走り抜けたところで何も意味なんてないんだけれども、それをやり遂げれば僕は、どこか他の人と違って見られることができるかもしれない。足を踏み出そうとする。耳の裏やこめかみ、いたるところで、血管がどくどくと音を立てている。足が重い。片足を持ち上げるだけでひと苦労だ。僕は思わず笑ってしまった。こんなことをしようとしているのは僕だけだ。そう思うと自然と足が前にでた。線路は小刻みに揺れていたと思うと、上下に大きくうねり始めた。もう目の前に電車がいる。運転士と目があったので笑ってみた。きっと僕は明日の新聞に載るだろう。そう思うと嬉しくなった。警笛が聞こえたけれど、それはどこまでも鋭く、それでいて全く持って無意味な音の響きだった。

 

背中を押されて、なにしてんだよ、と舌打ちをされた。電車はホームにきれいに収まっていた。ドアが開いて、僕の後ろに並んでいた人が、不審そうにこっちを見ながら乗り込んでいく。僕は笑い転げたくなった。わけのわからない妄想して、しかし僕自身ここから1歩も動いていない。思春期と言ってね、その年になると多くの人がそうなるの。先生の言葉がリピートする。結局僕は平凡で何にもなれない僕だった。思わず面白くなってげらげら笑った。ポケットの中の「ライ麦畑でつかまえて」を線路に投げ入れた。なんだいこんなつまらない本、僕はそう呟いて家に帰る。