夜の散歩と桜のうろについて
夜中、風が強くて起きた。
冷たい風が枯れ木の枝を切って、びゅんびゅんと音をたてている。
私は目が冴えて眠れない、そこでぶらりと散歩に出ることにした。
部屋着にパーカーとコートを羽織って外にでる。冷たい風が隙間という隙間から入り込んで、体に染み込んだ。
行き先のない散歩なので、川沿いを歩くことにした。
右手に川、左手には枯れた桜並木が続いている。川のせせらぎがちゃらちゃらと聴こえる。その音を聴いて、風がやんだことを知った。
辺りに誰もいない。川の音だけが、耳の奥をくすぐるように聴こえた。
風がやんだので、帰って寝ようと思い、来た道を戻ろうとすると、夜空と桜の枯れ木の、薄いコントラストがいやに美しく感じられた。
風が吹いてないのに、枯れ木は少し揺れている。なんだか、その姿が私を卑しく誘っているように思われた。
ふらりふらりと桜に近寄った。
私が私でないように思われる。どこかで自分を俯瞰しているような不思議な気持ちになった。
その桜にはうろがあった。
うろは深く、底がないように思われた。
その色は見たこともないような黒さで、その色だけで私は不安になった。
入らないといけない、なぜか強くそう思った。
ふらりふらりとうろに近づいた。
うろに吸い込まれるように風が、中に向かって吹き込んでいる。
ひゅんひゅんと耳元が騒がしい。
うろに足をかけた。
その瞬間、眩い光が私の目の中に入り込んだ。思わずその光源を探すと、私が歩いてきた道をバイクが走り抜けていくようであった。
気を取り直してうろに入ろうとすると、どこにもなかった。
うろなんて存在しなかったように、桜の木はでんと構えていた。
風がまた強くなった。
私は布団に戻ろうと思って、来た道を戻り始めた。