土手とお巡りさん
会社帰りに、少しだけ土手を歩くことにした。川から吹く風が冷たく、外套の襟をたてる。いつも散歩する土手だが、夜になると急に、先がなく、延々と続くように思われた。
先日私を誘惑した桜の木は、もうどれだかわからなくなってしまった。
なぜだかそれが妙に悲しい。
あの時うろに入っていたらどうなっていたのだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると、前から警察が歩いてくる。
――なんだか、ひどく不安になった。
「何をしているのですか?」
やっぱり警察に聞かれる。
「散歩ですよ」
「こんな時間に?」
「ええ、会社帰りなので」
「なるほど、最近ここらへんで奇妙なコトが頻発しているのですよ」
「奇妙なコト?」
警察官は私を、観察するように、少し濡れた2つの目玉で、舐めるように見ている。
「ええ、人の家の蜜柑をじっと見て、石を投げつけようとしているヒトとか」
「それはいけませんね」
「あなたじゃありませんか?」
「なぜ?」
「なぜかはわかりませんが、あなたでしょう」
川でぽちゃんと音がする。こんな時期に魚がいるのだろうか。あるいはこんな時間にも関わらず、どこかの男の子が石を投げているのかもしれない。
「お巡りさん、私は――、」
「お巡りさんって云うなッ」
警察は急に怒鳴った。
曇っているせいか、どこか遠くの踏切の音が、曖昧に聞こえてくる。
「私はお巡りさんと云われるのが一等気に喰わない。なにが犬のお巡りさんだ、つまらない」
私は所在なく、怒り散らす警察官を見ていた。
「あなたたちは警察を馬鹿にしているのだろう。やれ、点数稼ぎの速度測定だとか――」
ふいにがさごそと聞こえたと思うと、警察の胸につけた無線が喋りだした。
「こちら、蜜柑の木に蹴りを入れ続ける男を発見。応援求む――」
警察はちらりと私を見た。
「本当はあなたでしょう」
さっきの取り乱した声とは打って変わった落ち着いた声で、彼は云った。
私は黙って踵返した。背中に一筋の汗が垂れるのがわかった。慌てないように、変に怪しまれないように、ゆっくりと歩く。
警察が追ってくると思われたが、彼は私とは反対方向に走っていった。
帰りに蜜柑の木の前を通った。
その姿を見てひどくムカついたが、今日は許してやろうと思って帰宅した。
曇っているせいか、どこかでパトカーの走る音が、曖昧に聞こえてくる。